難聴の問題は個人的に耳が聞こえにくくなって不便だというにとどまりません。
な問題で、もう一つは音が聞こえにくいことから発生する間接的な問題です。この間接的な問題はQOLを下げ、認知症の原因にもなっていると指摘されています。
直接的な問題
難聴になると音が聞こえづらくなったり、今まで聞こえていた音が聞こえなくなったりします。私達の日常生活には、声による通話はもちろんですが、それ以外にも音を使う場面が数多く存在します。これらが聞こえにくくなると、下記のような問題が生じます。
日常生活の不便さ
日常生活では様々な場所で音が使われています。電話の着信音や玄関のチャイムなど。また各種家電が発する通報音もあります。またカーナビの音声案内や、病院や駅のアナウンスもあります。人間の聴力は高性能で、さらに脳は選択的に音を認識しますので、例えば病院のアナウンスなどがそうですが、雑踏の中で自分の気にしている内容の音だけを検知するということが容易にできますし、携帯電話の着信音も方角や左右や減衰などからどこで鳴っているものかというのを瞬時に判断し、自分と他人の着信音を間違えることはあまりありません。いわば、人間の聴力は非常にコストパフォーマンスが高いので、人間社会はそれに依存した安価な通知システムを作り上げることができていると言えるでしょう。
それらが聞こえにくくなってしまった場合、単にそれらが聞こえにくくなってしまうという事による問題もありますが、既存社会の通知システムが安価であり過ぎたために、あまりにもありふれていて、それが無くなったときの代替がコスト的に効かなかったり、それがないという状態が周囲の理解を得られなかったりします。
危険予知が難しい
音による通知は危険を知らせるサインとしてよく使われます。救急車のサイレンや自動車のクラクションなどです。これらは非常に大きな音で、しかも特徴的な音ですので、難聴が進行しても、聞き取れなくなるということはあまりありません。
しかしそれが難聴の対策を遅らせているというところもあります。実際のところ、危険を予知するために音を使うというのは、そういった使い方だけではありません。自動車でいうとクラクションを鳴らしておらずとも、近寄ってくれば気配で分かります。これは自動車の接近音を耳で聞いて感知しているからです。こういったことが段々とできなくなっていきます。
間接的な問題
相手の声がよく聞き取れなくなると、相手に聞き返すことが多くなります。声は聞こえるのに何を言っているのかわからないというようになります。しかし人間の脳は音声が劣化していても脳で補正する事ができますので、聴覚能力の低下を脳で補強します。しかし間違った補正をすることもありますし、特に今まで自分の経験していなかった分野であれば補正エラーの可能性は高まるでしょう。加齢による難聴の進行を高齢者が恥じたり否認する傾向にあるのは、単に聞こえにくいということではなくて、自分自身の経験や実績がもう役に立たないという烙印を押されてしまいそうであり、その証拠であり、認めたくないという心理的なプロセスが働くからでしょう。
しかしやはり補正ミスは起こるものですし、だんだん声が大きくなり、聞き返すことが多くなり、それを自覚するにつれて人と会うのが億劫になり、外出しないで引きこもるというようになります。
こういった難聴のプロセスを従来は個人や家族の問題として捉えてきました。しかし最近では社会全体で取り組むべき問題であるというように捉えられるようになってきました。
高齢化に伴う社会の構造の変化
難聴の原因は加齢だけではないとは言え、彼はもっとも一般的な要因であることは確かですし、我々も「耳が遠くなること」を加齢とイコールとして考えています。
加齢による難聴は40台から始まり、高音域の聞き取りができなくなり、それが拡大する形で進行していきます。しかし時間をかけて進行していくために、脳による補正で補える部分も多く、自分自身の老化の否認と合わさって中々自覚することがありません。
加齢による難聴の進行は人間という肉体に起因することなので社内の変化には特に関係がないのですが、社会が高齢化するにつれて、社会の中、とくに家庭外の労働社会の中における高齢者の割合が相対的に高まっていきました。今までは高齢者はリタイアして家族と一緒にいるというイメージで捉えられていたために、難聴は個人の問題であり、せいぜい家族の問題というように考えられていました。しかし、高齢社会の進行によって社会の問題となっていっていると言えます。
難聴を社会の問題として捉えると、コミュニケーションの不足や質の低下になります。また、それによって生じる苛立ちや落ち込みが負の感情を生むということも、もちろん個人の問題としても大切ですが、高齢者がその経験とキャリアから社会の中枢部にいている場合を考えると、社会全体の質の問題だというように言えます。
抑うつ傾向が出る
全米高齢者問題協議会が4000人の難聴患者に対して実施した調査(2000年)によると、難聴を放置し補聴器をつけていない人たちは、うつ病などの心理社会的疾患を発症する割合が著しく高いことが判明しています。
認知症になる可能性が高くなる
2017年7月にアルツハイマー病協会国際会議において、権威のある医学誌のランセットが、認知症症例の約35%は9つの危険因子に起因するという報告をしました。「中年の高血圧」や「晩年のうつ病」などといったその危険因子の中でもっともリスクが高かったのは「中年期の難聴」でした。
• 中年期以降の難聴(9.1%)
• 15歳以下の低教育水準(7.5%)
• 喫煙(5.5%)
• 抑うつ(4.5%)
• 運動不足(2.6%)
• 社会的孤立(2.3%)
• 高血圧(2.0%)
• 糖尿病(1.2%)
• 肥満(0.8%)
また、日本の厚生労働省は関係府省庁(内閣官房、内閣府、警察庁、金融庁、消費者庁、総務省、法務省、文部科学省、農林水産省、経済産業省、国土交通省)と共同で平成27年に「認知症施策推進総合戦略(新オレンジプラン)〜認知症高齢者等にやさしい地域づくりに向けて〜」を策定しました。この新オレンジプランの中で、認知症の危険因子として「加齢」「遺伝性のもの」「高血圧」「糖尿病」「喫煙」「頭部外傷」「難聴」をあげています。
現状では難聴と認知機能の低下との詳しい因果関係はわかっていませんが、聴力の低下によって脳を使わなくなると言葉そのものが聞き取りにくくなり、音を認識する脳の側頭葉が劣化すると考えられています。そうなると会話中も相手の会話がわからなくなり、コミュニケーションを取るのが億劫になります。社会とのつながりやコミュニーケーションによる脳への刺激は認知症の予防に不可欠であることから、難聴が認知機能低下の要因と考えられています。
人は話し声を聞いている時は脳が音声を処理してその内容を理解します。難聴の治療を受けていない人は劣化した音声情報を理解しようとするので、脳が音声処理のために妻売ソースが多くなってしまい、記憶や理解などの他の処理に回すキャパシティがなくなるというように、研究者と聴覚の専門家の間では考えられてきました。
しかし、聴覚は治療が可能なものです。米国では95%の難聴者に補聴器での治療が有効であり、早期の補聴器使用でより大きな効果が得られると考えられています。